子どもの発達障害を受け入れられないのは私だけ?|療育センターに電話できなかった母が、今も揺れながら思うこと
保育園や学校で「専門の窓口に相談を」と言われても、子どもの発達障害を受け入れられない、認めたくない。そんな気持ちで動けずにいる親御さんへ。ADHDとASDが併存する息子の母で、自分もADHD当事者のみさきが、電話をかけられなかった1週間と、診断のあとも何度も来る「認めたくない」の波について書きました。
「一度、相談してみませんか」
そう言われてから、何日もたっているのに、まだ動けずにいる。
そんな自分を責めていませんか。
私もそうでした。
息子はADHDとASDが併存しています。
今でこそ、こうしてサイトで息子のことを書いていますが、最初からすんなり受け入れられたわけではありません。
むしろ、かなり長いあいだ、認めたくない気持ちと行ったり来たりしていました。
実は私自身もADHD当事者です。
それなのに、いえ、だからこそなのか、息子の発達障害を受け入れるのは簡単ではありませんでした。
この記事では、私が「受け入れられなかった」ころのことを、できるだけそのまま書いてみます。
同じところで立ち止まっている方が、「私だけじゃなかった」と少しでも思えたらうれしいです。
年長の面談で「専門の窓口に」と言われた日
息子が保育園の年長だったころ、個人面談で先生にこう言われました。
一度、専門の窓口に相談してみませんか。
そのときの私は、物分かりのいい母親の顔をして「そうですか」と答えたと思います。
でも、家に帰ってから頭が真っ白になりました。
お友だちとのトラブルが多いことも、切り替えが苦手なことも、本当は知っていました。
ただ、私の中でそれは「男の子ってこんなものかな」「いつか落ち着くかな」という場所に置いてありました。
専門の窓口に相談するということは、息子のそれが「性格」ではなく「障害」かもしれないと認めることのように思えたんです。
療育センターに電話をかけられなかった1週間
先生から、地域の療育センターの電話番号を教えてもらいました。
かけなくちゃ、と思いました。
でも、かけられませんでした。
「これくらいで大げさかな」
「先生が気にしすぎなだけかも」
スマホを持っては置いて、を何度もくり返しました。
電話をしたら、認めることになる気がしていたんです。
結局、電話をかけたのは、面談から1週間以上たってからでした。
勇気が出たからではありません。
その朝も、保育園で泣きながら暴れる息子を見て、「私ひとりでは、もうこの子を分かってあげられない」と観念したからでした。

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認めたくなかったのは、息子のことではなかった
あとになって振り返ると、あのとき私が認めたくなかったのは、息子のことではなかったように思います。
息子は、電話をかけてもかけなくても、同じ息子です。
変わってしまう気がしていたのは、私の側でした。
「ふつうの子育てをしている、ふつうのお母さん」でいられなくなることが、こわかったんだと思います。
もし今、「受け入れられない自分は冷たい親なのかな」と悩んでいる方がいたら、それは子どもを大事に思っていないからではないと思うんです。
思い描いていた子育てを手放すのがこわいのは、それだけ一生懸命に子育てしてきたからなのかなと、今は思います。
「お母さん、一人で抱えなくて大丈夫ですよ」
やっとかけた電話で、相談員さんは、私の要領を得ない説明をずっと「うんうん」と聞いてくれました。
そして最後に、こう言ってくれました。
お母さん、一人で抱えなくて大丈夫ですよ。
張りつめていた糸が、ふっとゆるんだのを覚えています。
ただ、そのときは「もうすぐ小学校なので、入学してから様子を見ましょう」ということになりました。
電話をしたからといって、その日に何かが決まったわけではなかったんです。
その後、やはり小学校でうまくいかないことが続いて、小1の夏に療育センターを受診し、秋にADHDと診断されました。
ASDの併存がわかったのは、そのあとのことです。
通級をすすめられたときも、また揺れました
診断のことで気持ちの整理がついたかというと、そうでもありませんでした。
小1の夏休み前の個人面談で、担任の先生から通級指導教室をすすめられたときも、私はまた揺れました。
その場では「やっぱり必要ですよね」と答えたのに、帰り道ではすっかり落ち込んでいました。
その夜は夫にもすぐには話せず、スマホで「通級 デメリット」「通級 周りの目」と検索しては、また落ち込むのをくり返していました。
今思えば、情報がほしかったのではなく、「大丈夫だよ」と誰かに言ってほしかっただけなのかもしれません。
息子が通級に通い始めたのは小2の春で、小4のころも続けていました。
通ってみると、私が想像していた場所とはずいぶん違っていました。

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「受け入れる」は、一回きりのことではなかった
診断がついて、通級に通うようになって、もう何年もたちます。
それでも正直に書くと、学校で何かあるたびに、今でも「どうしてこんな子なんだろう」と思ってしまう夜があります。
自分もADHDで、息子の気持ちが分かる部分もたくさんあるのに、それでも思ってしまうんです。
そんな自分がずっと嫌だったのですが、調べてみて、少し気持ちが軽くなった考え方があります。
発達障害の子どもの家族支援を研究してきた中田洋二郎さんという方が、親が子どもの障害を受け止めていく過程を「螺旋形モデル」という考え方で説明しています。
親の中には、障害を認める気持ちと、否定したい気持ちの両方があって、状況によってどちらが表に出るかが変わる。
受け止めていく道のりは一直線ではなく、行きつ戻りつしながら進んでいく、という考え方です。
これを読んで、「認めたくない」と思う夜があっても、それまでの全部が逆戻りしたわけではないんだなと思えました。
受け入れられないままでも、できること
気持ちの整理がつくまで待っていたら、私はたぶん、いつまでも動けなかったと思います。
なので、ここでは「受け入れられないままでも、できること」を、私の経験から書いてみます。
相談先の名前や受付の方法は自治体によって違うので、お住まいの地域のホームページで確認してみてくださいね。
それから、もう一つ。
受け入れられない自分を、無理に変えようとしなくてもいいのかなと思っています。
迷っている時間も、子どものことを真剣に考えている時間なんですよね。
苦手を見る目と、好きを見る目
診断がついたばかりのころの私は、息子の「できないこと」ばかりを見ていたように思います。
忘れ物、トラブル、切り替えの苦手さ。
もちろん、そこに手当てが必要なのは変わりません。
でも、少しずつ気持ちが落ち着いてくると、マイクラやものづくりのように、息子が何時間でも集中できることにも目が向くようになりました。
苦手を減らす場所として通級に通いながら、好きなことを伸ばせる場所も探してみたいと思うようになったんです。
まとめ
- 子どもの発達障害を受け入れられない、認めたくないと感じるのは、めずらしいことではないと思います
- 私が本当にこわかったのは、息子のことではなく、「ふつうのお母さん」でいられなくなることでした
- 相談することと、受け入れることは、別のことでいいのかなと思います
- 受け止めていく道のりは一直線ではなく、診断のあとも「認めたくない」気持ちは何度も戻ってきます
- 気持ちが追いつかないままでも、話しやすい相談先から、少しずつつながっていけたらいいと思います
私も、いまだに揺れながら息子と暮らしています。
もし今、電話の前で手が止まっている方がいたら、迷っているのは当然のことだと思います。
必要だと思えたときに、つながることができたら、それで十分なのかなと思っています。


