療育はいつまで通う?やめどきの目安と、卒業を言われた日に私が不安になった理由
療育はいつまで通うものなのか、やめどきはどう決めるのか。ADHDとASDのある小4息子を育てるADHD当事者の母が、児童発達支援と放課後等デイサービスの制度上の区切りを整理しながら、「そろそろ大丈夫そうですね」と言われた日にほっとするより先に不安になった話を書きました。
「いつまで通うんですか」と、聞けないまま何年か過ぎました
療育に通いはじめたころ、いちばん聞きたかったのに聞けなかったのが「これって、いつまで通うものなんですか」でした。
聞いたら、早く終わらせたがっている親だと思われる気がして。
でも心の中では、ずっと考えていました。
同じことを検索した方がここに来てくださったのだと思います。
先に、いちばん大事なところを書きます。
療育に「何歳まで」「何年まで」という一律の決まりはありません。年齢で自動的に切られるものではなくて、その子の様子と、家庭や学校の困りごとの量を見ながら、そのつど決めていくものです。
だから「まだ通っているうちは遅れている」ということでもないですし、逆に「早くやめられたから勝ち」でもないです。
ここが分かるだけでも、少し肩の力が抜けるのではないかなと思っています。
制度の上では、就学のタイミングで受け皿が変わります
一律の年限はないのですが、制度の枠組みとしての区切りは一度あります。
小学校に上がるタイミングです。
| 主に通う場所 | 対象 | |
|---|---|---|
| 就学前 | 児童発達支援 | 未就学の子ども |
| 就学後 | 放課後等デイサービス | 就学している子ども(原則18歳まで) |
どちらも児童福祉法にもとづくサービスで、利用するには自治体が出す受給者証が必要になります。
つまり「療育をやめる」タイミングと「小学校に上がる」タイミングは、本来は別のものです。
小学校に入ったら終わり、ではなくて、就学後も続けられる受け皿のほうへ移っていく形になります。
やめどきを考えるとき、私が見ていた3つのこと
制度に年限がないぶん、判断はこちら側に返ってきます。
わが家がなんとなく目安にしていたのは、この3つでした。
1. 困りごとが「療育の場」ではなく「日常の場」で減ってきたか
療育の教室の中でできるようになるのは、正直、わりと早いです。
先生の関わり方がうまいですし、環境も整っていますから。
私が見ていたのは教室の外で、同じことができるようになってきたかどうかでした。
家で、学校で、スーパーで。
そちらが動きはじめたときに、はじめて「身についた」と言えるのだろうなと思っていました。
2. 本人が「行きたくない」と言い出していないか
これは意外と大事でした。
小さいころは連れていけば行くのですが、学年が上がるにつれて、本人の中に「行く意味」が要るようになります。
息子が「なんで自分だけ行くの」と言いはじめたとき、正直ぎくりとしました。
続けたほうがいいのは分かっている。
でもいやいや通う一時間が、その子の自尊心を削っているなら、それは足し算になっていないのかもしれない、と思いました。
3. 支援の受け皿が、ほかにも用意できているか
これがいちばん現実的な話です。
療育をやめるかどうかではなくて、やめたあとに何もなくならないかのほうを見ていました。
学校の中に通級があるのか。
放課後に、その子が安心して過ごせる場所があるのか。
好きなことを続けられる場所があるのか。
そこが用意できていれば、療育という形からは一度離れても大丈夫そうだな、と思えました。

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「そろそろ大丈夫そうですね」と言われた日に、私が不安になった話
面談で、先生から言われました。
「だいぶ落ちついてきましたね。そろそろ大丈夫そうですよ」
うれしいはずでした。
ずっと聞きたかった言葉だったはずでした。
なのにその帰り道、私はほっとするより先に、こわくなっていました。
なぜだろうと、しばらく考えていました。
たぶん、療育に通っている間は「困ったらここで相談できる」という場所があったからだと思います。
月に何回か、専門の人が息子を見てくれて、私の話も聞いてくれる。
その安心を手放すのが、こわかったのだと思います。
つまり私がこわかったのは、息子が心配だったからではなくて、私の相談先がなくなることが心配だったのでした。
これに気づいたとき、少しはずかしかったのですが、同時に整理もつきました。
息子の状態と、私の安心は、分けて考えていいのだと。
わが家が、療育のあとに移っていった先
結論から書くと、うちは「支援の場」を一本にせず、いくつかに分けた形になりました。
学校の中では、小2から通級に通っています。
苦手な部分の練習は、そちらで見てもらっています。
そしてもうひとつ、学校の外に置いたのが習いごとでした。
息子がプログラミング教室に通いはじめたのは小3の春です。
最初はゲームとアプリを作るコースからでした。
正直、療育のかわりのつもりで選んだわけではなかったです。
でも通いはじめてから気づいたのは、「できないところを直す場所」ではなくて「できることを伸ばす場所」が、この子にはもう一つ要ったということでした。
療育も通級も、どうしても苦手なほうを見る時間になります。
それは必要なことなのですが、そればかりだと、本人の中に「自分は直される側の人間だ」という感覚が積もっていきます。
好きなことをやりに行く場所が別にあると、そこのバランスが取れるように感じました。
うちは月に2回だけですし、90分もたない日もあります。
それでも本人が自分から行きたがるので、続いています。
まとめ
- 療育に「何歳まで」という一律の決まりはないです
- 制度としては、就学のタイミングで児童発達支援から放課後等デイサービスへ受け皿が変わります
- やめどきの目安は、日常の場で困りごとが減ってきたか、本人がいやがっていないか、ほかの受け皿があるか
- 「そろそろ大丈夫」と言われて不安になるのは、親の相談先がなくなる不安であることが多いです
- 支援の場は一本にしなくていいので、苦手を見る場所と、好きを伸ばす場所を分けておくと続けやすいです
やめる決断を急ぐ必要はまったくないです。
更新の面談は毎年来ますから、そのときにまた考えれば大丈夫だと思っています。

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